| 黒磯准看護学院沿革詳細 |
黒磯准看護学院は、昭和17年に黒磯・那須両地区の医師が中心となり、黒磯に黒磯産婆看護婦養成所として産声を発しました。戦後の看護師養成制度の開始、そして昭和26年の議員立法による准看護師の誕生に伴い、翌27年には、渡辺俶、斉藤重弘、中川晶一郎の3氏が中心となり、黒磯准看護婦養成所の設立に努力されました。当時は建物(校舎等)もなく、黒磯小学校の1年生教室を午後借受け、その年の4月21日開校し、11月1日には、黒磯准看護婦養成所として県指定を受け正式に発足しました。
その後校舎は、斉藤重弘氏裏(現:那須信用組合黒磯支店付近、幸町9-18)に移転しました。昭和40年になり黒磯町の好意により、豊浦町41番地(現:錦町8-10)に黒磯町所有地400坪、建物85坪を養成所として無償貸与を受け、改めて、那須郡市医師会立黒磯准看護学院として再発足いたしました。昭和40年5月13日名称変更(県医162号)、40年12月15日各種学校認可(県文286号)。
昭和58年黒磯市健康センタ−(幸町8-10)が建設され、その3階を学院として使用の契約(建物面積554u)が成立、現在にいたりました。その後、黒磯支部のみならず、広く那須郡市医師会会員の協力のもとに現在まで学院は運営されてきました。昭和29年より第1回卒業生から、平成18年度第54回卒業生まででその数1,344名となりました。資格試験も8年連続で100%の合格率を維持しており、地域医療に大きく貢献して今日に至っております。 |
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